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8月8日 仏教講座 『六祖壇経』について

暑い日が続きます。お元気ですか?

8日日曜日午後2時から、日暮里擇木道場とZOOMのハイブリッドで仏教講座を行います。

暑い時こそチャンス!「暑い」という感覚の次に、二択して苦を自ら生んでいないかな?と見直してみましょう。

いろんな自分の心に気づけて、思わずうなずいたり苦笑したり、なんてことがあると思いますよ!

私も毎日、あーまたやっているなーと苦笑いと共に、人間として不完全を生きているな、これもかけがえのないことだ、

と納得せざるをえなかったりしています(笑)。

でも、こうしたこと自体が年々感慨深くなってくるのですから面白いです。・・・

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さて、前回は第八章「問答功徳及西方相状門」の 31、浄土は目前にある 32、在家の仏教 でした。

 

浄土とは各自の心の中のことであり、

見性して自性に気づけば、『自分の今いる場所のままで、いつも安らかでいつも楽しい』

という境地になる。これが悟り=浄土である、との六祖の言葉がありました。

この見方は、幸せとは何か、という現代の疑問にも答える重要な見方です。

 

禅の醍醐味は受身の心の状態から主体的に転じた途端に世界との関係性が変わり、人生の見方が大きく変わることです。

それを六祖は、「今いる場所のままで」と、金言を述べておられます。

 

つまり、どんなことがあっても、「逃げなくていい、恐れるな、大丈夫だ、必ず浄土に転じる」と励ましてくださっているのです。

これほど生きることを肯定し、勇気になる示しはあるでしょうか。

 

『維摩経』には、

菩薩という状態になった(悟りを得た)人は、
「どのような不浄の仏土を見ても、それを憂うことはない。身心はそこに在って自由となり、心が沈み込むこともない。

ただ諸仏が、それぞれの浄土をいかにして浄められたか、それを思って自らもそうありたいと思い、歓喜してその為に努力するのである。」

と書かれています。

仏教とは、禅とは、どこかへ逃げずとも、引き受けてしまえば今そのままで苦しみは消えるのだ、そしてその方法が確かにあるのだ、と示したのです。

 

その方法とは?・・・六祖は、「二択するな、見性せい!平等であれ!」とおっしゃいました。

そしてそれを可能にする実際の行動が、「坐禅」です。

 

二択しないということは、平等性の獲得です。平等性が得られれば、苦は消滅します。快不快、浄垢、正誤、そして生死までもが平等に扱えたら・・・

良寛さんの「裏を見せ 表を見せて 散るもみじ」

山岡鉄舟の「晴れてよし 曇りてもよし」

そして釈尊の、悟りを得て真に生き始めるきっかけになったスジャータの牛乳粥と、死に至らしめる要因になったチュンダの食事が「等しい実り」と見る人間至上最高の境地・・・

 

これらを六祖が説いていく説法の記録が『六祖壇経』です。

残りもわずかになってきました。

ぜひとも叡智の結晶であるこの本をご一緒に読んでいきましょう。

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受講方法など、ご質問は <zen@gyokukei.jp> にお気軽にどうぞ。

ではお目にかかれるのを楽しみにしております。

 

合掌 玉溪 拝

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